思考法その6〜いじめられる側にも責任が?【公正世界仮説】

勧善懲悪の理想社会

人間は一般的に「世の中は公正にできており、正しい者は救われ、悪いものは必ず罰を受ける」というまるで水戸黄門のような信念を持っている。
その考え方は「公正世界仮説」と呼ばれる。

これは良い考え方のように思える。
だれだって公正な世界で生活したいだろう。

しかし、論理を逆からたどると、「誰かが何らかの被害を受けた場合、それはその人に被害を受けるに値するだけの罪があったからだ」という結論にもなり得る。
公正な世界では、理由なしに罰を受けることはあり得ない。

結果として、詳細を知らないのに「いじめられる側にも責任がある」とか、「だまされる方も悪い」と口にしてしまうのだ。
いじめられる側に責任があったかどうかは個別のケースで異なるので、関係者にしかわからない。
しかし、世の中が公正にできているのであれば、いじめられる側には必ず責任がある。
そうでないと公正ではないからだ。

もちろんこれは間違った考え方である。そもそもの話、世の中は(残念ではあるが)公正にはできていない。
実際には、いじめはクラスのメンバーの力関係により偶然に発生するものであるし、詐欺でだます方が、だまされる方よりも悪い。
だまされた方とあなたを分けるものは、ただただ詐欺師に出会ったかそうでないか、だけかもしれない。

コンサルタントとしての考え方

人間は誰しも「公正世界仮説」を持っており、被害者側の落ち度や責任を過大に見積もりがちな傾向があることを留意する。
それだけで、よりよい意思決定ができるようになるだろう。

思考法その1〜自分に甘く、他人に厳しく(基本的帰属錯誤)

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