君だってそうする

「なぜあんな頭の良い人があんな愚かな行動を」
という事件や出来事を見聞きする。

大企業に務めるエリートが痴漢や盗撮で捕まったり、
官僚が酒に酔って赤の他人を殴ったり、
成功した経営者がパワハラで告発されたり。

どう考えても不合理な戦略が上層部で決定されたり、
このままでは明らかにジリ貧なのに軌道修正がなされなかったり、
まるで不正を促すような制度設計がなされていたり。

そういったニュースに接したら、人はこう言う。
「頭がおかしい、自分なら絶対にあんなことはしない」

本当にそうなのだろうか。

酒は理性を麻痺させるし、ストレスのかかった状態が続けば、判断力は著しく低下する。
自分は違う、と思っている人は、単にこれまでの人生で幸運にもそれほど追い詰められることがなかっただけかもしれない。

私自身は下戸なので酒でのトラブルはないし、気が弱いので人に暴力をふるうこともできない。
痴漢や盗撮は費用対効果に見合わないと思うし、どうしても欲望が抑えられないなら有料で類似のサービスも提供されている。
パワハラは相手側の解釈の問題があるのでないとは言い切れないが・・・

けれど、仕事で追い詰められた時に、通常ならしないような判断をしてしまいそうになったことならある。
それは普段だったら絶対に取らないような、自分の信条に反するような選択だった。
決定直前でふと我に返り思い止まることができたが、もしそのまま動いていたら、取り返しのつかないことになっていたと思う。
少なくとも、今の会社のカタチではなくなっていた。社員はほとんど辞めていただろうし、業務のやり方も大きく変わっていただろう。

経営コンサルタントとして、意思決定にまつわる書籍を呆れるほど読み尽くしてきたと自負している自分だって、負荷がかかった状態におかれたら、意思決定を間違えそうになる。

だから、「自分なら絶対にあんなことはしないね」としたり顔で言えない。
特定の条件下では誰だってそうなってしまうことを体験から知っているから。

「自分ならあんな愚かな行為はしない」と思っているとしたら、情報不足か、想像力の不足だ。
もしくは「自分は他の人とは違う」という、一種の傲慢か。

関連記事

  1. 無限の知識という勘違い

  2. 「目的」と「手段」

  3. 大きさに応じてやり方は変わる(スケーリングの誤解)

  4. 期待ではなく事実、願望ではなくデータ、信仰ではなく科学

  5. 断定できることなんてあるのだろうか。

  6. 無用の用

最近の記事

  1. 新年、鶴、富士山
  2. 正義、校正、法律
  3. 新年、鶴、富士山

カテゴリー

読書記録(ブクログ)