自分を誤魔化すのは簡単だから

2011年、原発事故の際に「東京はやばい」と地方に移住していた知人が東京へ戻るそうだ。

おそらく、当時と状況は何も変わっていない。変わったとすれば情報量と質の変化だろうか。
当時は「関東には人が住めなくなる」とか「やんごとない方は既に京都へ避難した」などとまことしやかに囁かれたものだ。

結論から言えば、移住は拙速だったと言わざるを得ない。
東京では2011年以降、今も普通に人が暮らしているし、相変わらず日本の首都だし、経済規模も大きい。

彼も地方ではフリーランスとしての地場を築くことができなかったのだろう、だから東京に帰った。
かつてあんなに恐怖した東京にまた住むことになった。
彼がこの「回り道」で失ったもの、東京に居続ければ得られたであろうお金や人脈、経験など、有形無形のものは甚大だと思う。

でも彼はそのことを絶対に認めない。過去の選択が誤りだったとは言わない。
誰かにそれを指摘されても、「当時は最善だった」とか「地方で得たものも多い」とか、自分を誤魔化して生きていくのだろう。
彼が思う「最善の選択」をしなかった、つまり東京に残った人たちはどうなのか、地方で得たものではなく東京で得られなかったものはないのか、そこは考えない、いや、考えないようにしているのか。

それが悪いとも思わない。自分を誤魔化すのは簡単だし、その方がハッピーならそれでいい。
理屈はなんとでもつけられる。特に頭のいい人なら、なおさら。

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