無謬を保つには

自分は間違えない、絶対に正しい。
神ではない人間に、そんなことはありえないだろうと思うのだが、
時折このような主張をする人間に出会い唖然とすることがある。

バージョン違いで「自分が経験したことを絶対に忘れない(だから、間違っていない。つまりお前が間違っている)」という人も見た。
人間の記憶の仕組みを少しでも学べば、不可能なこと(絶対に忘れない)を主張していることは明確なのだが・・・・

さて、そんな彼らは間違えることもある。当然だろう。
彼ら「自分は無謬」だと信じている人は、間違えた時にどうやって自分の信念との整合性をつけるのだろう?

簡単だ、人のせいにするのだ。
配偶者が悪い、子供が悪い、同僚が悪い、部下が悪い、上司が、経営陣が、顧客が、業界が、政治家が、官僚が、あいつらが俺を間違わせたのだ、と。

彼は(主観的には)間違うことはない。そして、彼の周りには「間違える奴」がなぜかたくさんいることになる。

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