人生の二つの終わり

先日、バイクの定期点検に行った。購入してからあっという間に1年が経った、走行距離は1500km程度だ。
バイクが好きなクライアントのところに行くと喜ばれる。趣味の話に花が咲く。
趣味について語り合うときは、ビジネスとしてではなく、「男の子」同士の関係になれるのが心地よい。もちろん刹那的なものではあるが。

どうもブレーキに異常があったようで、点検には3時間ほどかかった。
その間ずっと、バイク屋の営業さんと話をしていた。なんでも、彼の周りで最近病気や死亡が多いそうだ。
脳梗塞、心筋梗塞での死亡・・・他にも、腰が痛いなと思って検査に行ったら前立腺がんのステージ4で、もうバイクには2度と乗れないと言う方も。
皆50代前半ということで、同じ50代の営業さんも怖くなっていると。40代も終わりかけの私も、似たようなものだろう。

人生の長さには二つある。
一つは生物学的な寿命。死ぬことで終わる人生。
もう一つは、自分の好きなことができなくなる、自分で考えることができなくなると言う意味での、人生の終わり(健康寿命の終了)。

長生きはできるかもしれない。でも、自分の好きなことができる期間はきっとそれよりも短い。
足を悪くすれば旅行にもいけない。自転車も、バイクも、車も運転できない。
目や指や、頭が衰えればカメラも扱えないし、読書することすら怪しくなる。
場合によっては、認知症が悪化して、自分が自分であるという認識すらおぼつかなくなることだってあるだろう。

それから先の人生を「自分の人生」と呼べるほど、達観できるだろうか。
もう少し生き急いだ方がいいのかもしれないと考えながら、整備が終わり快適になったバイクに乗って寒空の中帰宅した。

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