見えないけれど、確かにある

初日の出。曇り空でまったく見えなかった。
朝から車をとばしてきたのに残念だ。

積み重ねていく

それにしても、なぜ初日の出を拝むのだろう?素朴な太陽信仰からだろうか?

太陽をはじめとする自然崇拝から、神社、仏教、儒教や西欧の合理主義などを受け入れ、重層的な文化をつくりあげた昔の人は偉大だと思う。

以前の概念を時代遅れだと切り捨て、廃棄する方が簡単だったろう。でもそうはしなかった。
#まあ、本地垂迹説なんてかなり無理矢理だとは思うが

会社組織もそうありたいと思う。がらっと変えるのではなく、一層一層、積み重ねてゆく。
そこにその会社独自の文化なり社風が生まれる。

私は、年功序列や終身雇用が悪いとはどうしても思えない。
実力主義や成果主義、最新の流行でいえば「ティール組織」が無条件に良いとも思えない。
解は極端ではなく中庸にある。

見えないけれど、確かにそこにある

初日の出は、雲に覆われて見えないだけで、そこには間違いなく日が昇っている。
強烈ではないけれど、たしかに周囲は明るくなっている。
少し首を上に傾ければ、厚い雲の切れ間からわずかな光が射している。

企業経営も似たようなもので、見えなくても、結果がすぐにはでなくても、自分がやったことはきっとどこかで何かの影響を及ぼしている。
それが良いか悪いかは別として。

強烈な日差しでなくとも、くっきりとした輪郭はなくとも、どこか遠いところかもしれないけれど、確かに光が射している。

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