誰かの正義は誰かの悪

作用反作用の法則ではないが、自分が「良いこと」だと思ってやったことで、誰かが迷惑を被ることがある。
自分の事業を発展させ、クライアントに喜んでもらう、これは良いことに違いない。
しかしその影で、仕事を取られた同業者や、あなたのように上手く事業が進んでいない同業者は、あなたを憎むかもしれない。
彼らから見れば、あなたは業界の秩序を乱す「悪者」に他ならない。

「だったら同業者も頑張ればいいじゃないか」と言えるのは強者の発想であって、
あなたを憎む同業者からすれば何の慰めにもならない。

何かをやれば、思いも寄らないところから批判される。
その批判は正しく、参考になることもあるが、たいていのそれは不合理だったり利己的だったりする。

もちろん、彼らは「嫉妬している」とは言わない。
それなりの「大義名分」を準備し、それを振りかざして批判するのだろう。
いわく、クライアントを騙している、不当な対価を得ている、彼のやっていることは本質的ではない・・・etc.

参考になる批判と、単なる感情的な非難。
その区別は難しい。

反発があるのは仕方が無い。
ただ、放置しているとダメージがあるなら、きちんとこちらの意見を表明しなければならない。
そして、物事には多面的な見方があることをきちんと説明する。
いずれ、同業者も自分の見方が一面的に過ぎたことを反省するかもしれない。その可能性は限りなく低いだろうけれど。

ただこれだけは言える。
正しいことをやったとして、誰からも批判されないのなら、あなたがやっていることはきっとたいしたことではないのだ。

関連記事

  1. 「認められたい」承認欲求のメリットとデメリット(2)

  2. 批判は誰でもできるし、コストも安い

  3. いつまでたっても先生に見えない

  4. 人には愚かなことをする権利がある

  5. 所詮はゲームなのだから

  6. それは祈りか物乞いか

最近の記事

  1. 2020.05.22

    iPod Touch

カテゴリー

読書記録(ブクログ)