自分の手近の義務を

最近、FacebookやInstagramなどのSNSを見ていない。
Twitterはまだ辞められないけれど、それでも見る回数は減った。

新聞を読まなくなってから、
私は心がのびのびし、
本当に快い気持ちでいます。
人々は他の人のすることばかり気にしていて、
自分の手近の義務を忘れがちです。

ー ゲーテ

SNSに浸るのはまるで、友人たちとの「終わらないパーティ」に参加しているようだ。
繰り広げられるとりとめのない話は楽しい。

いつかはパーティを中座し仕事にもどらなければならない。
しかし、他の友人が楽しく話しているのを横目で見ていれば、
仕事を適当に切り上げ、またパーティ会場に飛び込みたくなるだろう。

ゲーテの時代にはSNSは存在しなかった、新聞が「他の人のすることばかりを気にする」媒体だった。
いまならSNSや、Yahooニュース、「調べてみました」系のブログだろうか。

これらを見なくなってから、人生の質が明らかに向上した。
きっと「自分の手近の義務」をより多く、質も高くできるようになったからだろう。

SNSに限らず、無料のサービスはお金よりも大事な「時間」を浪費してしまう。
それはお金ほど喪失感がないだけに、気づいたときには恐ろしい結果をもたらす。

関連記事

  1. 自分を商品にし、しかるのちに自分を消す

  2. 「昔は良かった」本当に?

  3. 何が楽しくて生きているのか

  4. 「偶然」と「時間」という暴君

  5. 世界が歪んで見えるとき

  6. ただし自分を除いて

最近の記事

  1. 2022.09.15

    継続すること
  2. 2022.09.13

    必要な孤独

カテゴリー

読書記録(ブクログ)