お金は人を変えてしまう

独立して間もないころ、ある起業家と知り合いになった。
一時期偶然机を並べて仕事をしていたこともあり、
また二人ともIT企業出身であることから、年齢差はかなりあったものの
不思議と馬が合った。

下手をすれば子どもと言ってもおかしくない年齢差の私にも、
きちんと敬意を持って接してくれる。人格者だった。

手がけているサービスも少しずつではあるが順調に成長していた。
時折相談に乗ることもあった。
彼が作ったサービスの話を人に説明し、興味を持った人には
彼を紹介したりしていた。
また、彼が社債(私募債)を募集したときは、ほんのわずかな金額ではあるが出資もした。
1年後、初年度の金利が振り込まれた。3年で満期を迎える社債だった。

財布を落とす

私の仕事が忙しくなり、また以前よりも外出がちになったことで
半年ほど彼とは疎遠になっていた。

ある日、彼から久しぶりに電話があった。

いま北陸に出張中なんだが、財布を落としてしまい一文無しだ。
このままでは福岡に戻れない。
ポケットに銀行のカードだけがある。申し訳ないがいくらか振り込んでくれないか?

友人が困っているのだ、すぐに数万を振り込んだ。
数日後丁寧な御礼とともに、貸したお金は帰ってきた。

振込先を間違える

それから数か月後の月末、また彼から電話があった。

すまない、さきほど取引先への代金振込を間違えて、
別の口座へ入金してしまった。
銀行に話して返金の手配はしたが、1週間ほどかかるそうだ。
このままでは取引先に支払ができず、サービスが止まってしまう。
申し訳ないが、1週間だけお金を貸してくれないか?

最近お金のトラブルが多いですね、と苦笑しながら、
十数万を振り込んだ。1週間後、そのお金は戻ってきた。

保証金の返金

さらにそれから数か月後、また彼から電話があった。
さすがに私も「また金の話だろうか?」と少し身構えて電話を取った。

当社のサービスを卸している代理店4社ほどが、
契約を解消したいと言っている。
預かっていた保証金を返却する必要があり、
数十万を今月中に支払う必要がある。
本当に申し訳ないが、お金を貸して欲しい。

私は彼の依頼を断った。
財布を落としたのであれば、見つかれば金は戻ってくる。
振込先を間違えたのもそうだ。
ただ、保証金を返しても、金はどこからも生まれない。
返済の原資がわからない金を貸すことは出来ない。
そんな話をしたように思う。

冷たい対応だろうかと少し悩んだが、
中小企業診断士(まだ駆け出しだったが)として、
なにか不穏な空気を感じたのも事実だ。

社債の金利は振り込まれなかった、そして

社債の2年目の金利は振り込まれなかった。
わずか千円程度とはいえ、約束は約束だ。
また、振り込まれない理由についての説明も一切なかった。

彼の事務所に行ってみたが、既に表札はなかった。
自宅にも行ったが、ベルをならしても出てこない。
仕方がないので、連絡が欲しい旨のメモを郵便受けに入れた。

帰りの電車に乗ろうとすると、知らない番号から電話があった。
不思議に思いながら電話を取ると、私の知らない弁護士だった。
「あなたの知人は自己破産しました、債権に関する連絡は代理人である私まで云々」
という連絡だった。

そういうことか・・・まあ仕方がない。
社債の分は諦めよう。
もし、代理店への保証金返金の分、数十万を貸していたらどうなっていただろうか?
返ってこなかったのではないか?
そう考えると、何かさみしくなった。

お金に困ってはいけない

冒頭にも書いたように、彼は年齢の離れた、
若い私にも敬意をもって接してくれる人格者だった。
仕事も紹介してもらったし、いろいろ助けてもらった。
なので、このような別れ方は不本意だった。

お金、特にお金の不足は、人を簡単に変えてしまう。
(私はこの後、中小企業診断士として、そんな事例にたくさん遭遇することになる)

小さいながらも法人の経営者として活動している今、
何があっても、資金のない状態だけは避けなければいけないと強く思う。

お金がなくなれば、
人はどんなに崇高な経営理念も、
潔癖なまでの誠実さも、
簡単に捨ててしまう。

私だって例外ではない。
同じ状況に置かれれば、
きっとそうなるだろう。

では、そうならないためにはどうすればいいか?

簡単だ。常に手元に一定の資金を確保しておけばいい。
仮に儲かったとしても、浪費や、単なる節税のための消費は控える。
法人税を払ってでも、社内に金を残す。
#もっとも、手法としては簡単でも、実現するためには多大な労力が必要になるのだが。

この苦い経験から私が学んだことはそれだ。

後日、彼から謝罪の電話があった。
破産したので社債分の費用は返済できないとのことだった。
それは困ると不満を言ったが、途中から彼の息子が電話を奪い、
「弁護士を通せ」の一点張りだった。
電話を切った後、こんな形にはなってしまったけれど、
いつかまた彼と話せればいいなと思った。

それから一度も彼からの連絡はない。

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