未来に向けての努力で、過去の選択を正当化する

何かを得るためには、何かを捨てなければならない。

全部もらえれば一番いいのだが、そんな虫の良い話はそうそうない。
プラスを得ようと思ったら、マイナスを享受する必要がある。

そして、その選択肢が本当に「正しかった」のかどうかは、いつまでもわからない。
プラスマイナスでプラスになったように見えても、中長期的にはマイナスになることもある。
もちろんその逆も。プラスとマイナスが揺れ動くことだって。

化学の実験のように、もうひとつの選択肢を選んだ世界を検証できればいいのだが、それはできない。
そもそも「正しい」選択肢なんてないのかもしれない。
自分を信じて、「選択した道が正しかった」のだと半ば思い込む。選択しなかった未来についてはきっぱりとあきらめ、目の前の行動に集中する。

会社の岐路

10年以上会社を経営していて、「ああ、いま思えばあそこが分かれ道だったな」というポイントがいくつかある。
とある公的機関の仕事(巡回アドバイザー)を請けたこと、県中央会の会報に連載を持ったこと、商工会の嘱託指導員を務めたこと、知人経由で相談を請け、補助金の仕事を始めたこと、事務所を借りたこと、法人化したこと、人を雇ったこと、未経験の仕事にチャレンジしたこと、全国規模の企業と提携したこと、他社から営業譲渡を受けたこと、そして、人を辞めさせたこと。

それぞれの局面で一番良い選択をしたと思っている。
#というか、そう思わないとやってられない。

何かを得ることで、何かを捨ててきた。

でも時々、「本当にこれで良かったのかな?」「自分はこんなことがやりたかったのかな?」と落ち込むこともある。
とはいえ、過去には戻れない。別の選択肢を選び直すことはできない。

未来に向けて努力をする事で、過去の選択を正当化するしか、「選択肢」はないのだろう。

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