小説家の森博嗣が書いた箴言集より。
「君のためを思って言っているんだ」
「私のためを思わないで言ってみてくれる?」
ー 的を射る言葉 森博嗣著
上司や友人が「君のためを思って言っている」と部下や友人である君を叱る。
その心に偽りはなく、彼(上司や友人)は本心から君のことを心配している、と思う。
上記の引用を読んで「なるほど」と思ったのは、「相手のためを思って」言っていることの内側には、「自分の利益や自分の感情に基づいたもの」が隠れていることを皮肉っているからだ。
上司が部下を怒るのは、彼の成長を願ってのことであるのはもちろんだが、彼が成長しなければ、部下を管理できていないと評価されるなど自分が不利益を被るからだ。ひどい場合は、部下が生理的に嫌いなどというどうしようもない理由から怒っていることすらある。
目的が二つある、ということだ。相手のためを思って助言するのが第一の目的。そして、助言することによって自分の利益を確保したり感情の発散をするのが第二の目的。
「君のためを思って」という言葉は、その「別の目的」を巧妙に覆い隠してしまう。
「仮に、彼のためを思わない場合、なぜ私はこのことを言うのだろう?」と考えることで、自分すら自覚していなかった「第二の目的」が明らかになるだろう。
そしてそこには、非常に利己的な理由が隠れているのかもしれない。
利己的であるのが悪いことであるとは言わない。
ただ、少なくとも利己的であることを自覚するべきだろう。