ナイーブ・リアリズムという言葉があることを知りませんでした。
ナイーブ・リアリズムとは「自分はあるがままに物事を見ている。それを否定する人々が真実を歪めているのだ」という考え方です。
ー なぜ働くのか/バリー・シュワルツ著
ネットには過激な言説が溢れています。たとえば世代論。高齢者が悪い、いや若者がわるい、中年のおっさんが悪い、彼らが日本を堕落させている・・・
そんな簡単に割り切れるものでしょうか。自分の周りをちょっと見渡せば、尊敬できる高齢者ばかりではないし、「ゆとり世代」だからといってがっかりする若者ばかりでもない。
世代や性別、県民性なんかよりも、個々人の個体差の方が大きいのが事実です。
しかし、「自分はあるがままに物事を見ている」「否定する奴は○○」と、ナイーブ・リアリズムの思考に陥ってしまうと、事実が見えなくなる。自分の議論を否定する奴は真実を歪めている、しまいには、**会の陰謀だなどと語り出したらもう重症ですね。
#陰謀論の話を聞いていていつも思うのは、「陰謀に係わった関係者全員にたいして、
#永久に箝口令を強制できるほどの組織が、現代の世の中にどれくらいあるのだろうか」
#ということです。
#飲み会の席やツイッターでつい漏らす奴など居ないのでしょうか?
#家族や友人経由からも情報が流出しそうです。
自分が常に正しいと感じながら生きることは、ある意味でラクです。
ただ、その態度では人生や経営で生じる様々な問題を適切に解決することはできないでしょう。(偶然解決することはあるので、わかりにくいのですが)
疑うべきは、「自分は本当にあるがままに物事を見ているのか」です。以前紹介した、メタ視点の考え方。
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自分の思考を疑えば、新しい打ち手が見えてきます。
もちろん、他人の言動(思考は見えませんので、そのアウトプットとしての言動)も、同じ様に疑うこと。
これをやるのは、面倒くさいですけどね。
自分でできない、やるのが面倒くさい人は、コンサルタントを雇って、代わりにやってもらうといいと思います。