たった1分の仕事

とある書籍に書いてあった、アメリカンジョーク。

患者が歯医者にかかり、抜歯に800ドルを請求されて「高い」と激怒する。
「たった1分の仕事に800ドルだって?」と。
歯医者はこう答えた。
「お望みなら、1時間かけて抜いてもいいですよ」

時給ではない

同じようなエピソードとして、ピカソがナプキンにさらさらっと書いた絵に高額の請求をしたというものもある。

私も仕事で遭遇するのだが、どうやら世のなかには「時給」でしか仕事の成果を判断できない方々が一定数存在するようだ。

たとえばなにがしかの資料(補助金の申請書)を書くとする。
顧客は聞いてくる、「その資料を書くのにどれくらい時間がかかるのか」と。
私はたとえば丸二日かかると答える。すると、「二日程度の仕事にこの料金はおかしい」と来る。

冒頭のジョークで言えば、私も顧客が希望するのであれば1ヶ月かけてゆっくりと資料を作成してもいいのだ。
こういった客は、その資料を作成するために相手がこれまで費やした知識や経験があるから、
また、付随業務を遂行してくれるスタッフを雇用し給与を払っているから、
二日で資料を作れる、ということを理解していないのだろう。

たとえば役所に質問するとする。
顧客が直接電話しても「ダメ」の一点張りだったのが、当社から連絡すれば「条件付きで可能」という回答を引き出せることがままある。
それは当社が制度を深く理解し、役所側の事情も斟酌した上で相手の譲歩を引き出せるような質問の仕方ができるからだ。
質問にかかる時間は1分かもしれない、でも、その価値はいかほどだろうか?時給に換算する意味はあるか?

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