考えてから、生きる

自分の考えた通りに生きなければならない。
そうでないと、自分が生きた通りに考えてしまう。

ポール・ブールジェ

自分が選ぶ道は、偶然選んだ道でもある。
そこで得た経験には価値がある。しかし、自分一人の、偶然に満ち溢れた人生だけを参照点にすれば、道を誤る可能性は高い。
冒頭の箴言の通り「生きた通りに考える」ことしか出来なくなってしまう。

自分の見たものしか信じない人、自分は絶対に変わらないと思っている人、
誰にだってそんな知人の一人や二人いるだろう。
彼ら、彼女らは「生きた通りに考えて」いる。
まず考えて、自分の体験以外のさまざまなパターンを想定して、
「考えて」その上で「生きて」はいない。

考えるのは面倒だ。皆がそれをやりたがるわけではない。
いずれ、考えたくない人たちは自らの意思決定をAIに委ねてしまうのかもしれない。
それが悪いとも思わない。他の選択肢をはなから考慮しないのであれば、悩むこともないだろう。
想像力を行使しない、自分で選択し決定しない、「考えてから生きる」ことのない人生なんて、私だったらごめん被るが、そんな自分の思想を誰かに強制しようとも思わない。

関連記事

  1. 承認欲求との向き合い方

  2. できることをやろう

  3. 「偶然」と「時間」という暴君

  4. 孤独に耐えられるか

  5. 誰か検証しているの?

  6. SNSをやめて4ヶ月

最近の記事

  1. 2022.08.17

    二つの時計
  2. 数字、数学、パズル

    2022.08.09

    数を数える
  3. 2022.08.04

    笑いの共有
  4. 2022.08.01

    何をやっても

カテゴリー

読書記録(ブクログ)