ただし自分を除いて

クーリエジャポンの記事を読んだ。(会員でないと読めない。個人的には会員になる価値はあると思う)

内容はティーンエージャーのSNSを使ったいじめの壮絶さだ。
海外の記事であり、まあこの手のことは洋の東西を問わないのだろう。

私は子どもの頃、いじめは日本の閉鎖的な環境が生む独自の現象で、海外には存在しないと思っていた。
単に情報不足なだけだった。アメリカだろうが北欧だろうがいじめはあって、時には日本よりも壮絶だ。
きっと人が集まれば、どこでも発生するのだろう。
学校でも、グーグル本社でも、老人ホームでも。

もっとも、SNSが悪いとは思わない。人間はもともとそういう生き物で、
SNSは単にそれを後押ししているだけだろう。
隠されていたものが、露わになっただけというか。

「フェイスブックがみんながつまらない人間だということを、
ツイッターがみんなはひどい人間だということを証明したのだとしたら、
インスタグラムが成し遂げたのはみんなが完璧なのだと思わせることだ
──ただし、自分を除いて」

ー上記記事より

最後の文章はさすがに言い過ぎだとは思う。みんながそうだとは思わない。
面白い人間も、素晴らしい人間もいる。完璧と思わせるのではなく、実際に完璧に近い人間もいる。
ただ、SNSがない頃に自分が思っていたより、その割合はとても少なかったようだ。

関連記事

  1. 知らないということを知っているか

  2. 踊れ。音楽の続く限り

  3. 誰かの正義は誰かの悪

  4. 紅葉の季節も終わり

  5. 自己主張の話。父の教育方針

  6. 強い信念だけでは

最近の記事

  1. ピザ
  2. ディスコミュニケーション
  3. 旅行、出張
  4. バックアップ、プランB

カテゴリー

読書記録(ブクログ)