いい話は来ない

『今昔物語集』に、伊吹山の僧が、
天から美しい声がして「明日の昼過ぎに、極楽へ導いてやろう」といわれ、
弟子たちを侍らせて待っていると、金色に輝く仏たちが現れ、
僧を紫雲に乗せて西方に連れ去っていった。

弟子たちは師匠がてっきり西方の極楽浄土へ往生したものと思っていたが、
一週間後に、裏山の高い木に藤の蔓で縛りつけられた状態で、
狂ったように念仏を唱えている師匠の姿を発見する、という話が載っている。

小松 和彦. 異界と日本人 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1393-1398). Kindle 版.

今昔物語集ができた平安末期といえば一千年以上前だが、
その頃から、人間の性質というのはあまり変わっていないようだ。

楽して儲かるいい話。それがなぜあなたの元に「だけ」来るのか?
紹介してくれたその人は、なぜそんな美味しい話を他人に話すのか?
秘密にしておいて自分だけでやればいいのでは?

ーー 何回か「マルチ商法」なるものに誘われたことがある。
私をファミレスに連れて行ったその男は、スマホの画面に映った自分のドイツ製の高級車を見せつけ、
「あなたもこんな車に乗れるよ」と私を誘った。仕組みについて細かい解説をもとめると、しどろもどろになった。

別の男は、あまりにも勧誘の仕方が稚拙だったのでそのことを伝え、「この本とこの本を読んで勉強した方がいい」と助言した。
彼の態度は豹変し、「もうあなたとは話したくありません!」と席を立った。
こちらとしては、彼の人生の役に立つよう力添えしてあげたつもりだったのだが。

また別の男は、エンボス加工で「IT革命」と書かれた名刺を誇らしげに私に手渡した。
やっていることはFAX設備を売りつけて情報料を取るという、IT革命とは1ミリも関係ないビジネスだった。

自分では極楽へ導かれたと思っていたら、
周囲からは裏山で狂ったように念仏を唱えているようにしか見えないというのは、なんともやりきれない。

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