変化している(のに、それに気づかない)

自分が昔書いた文章を読み直すと、「これ本当に自分が書いたのか?」とびっくりすることがある。
今の自分が思っているのとは全く逆の意見を書いているからだ。
もし今、同じテーマで文章を書けと言われたら、全く違うものになるだろう。

人間は「自分は変わらない、一貫性がある、強固な価値観を持っている」と思いがちだ。
でも、きっとそれは「自分」というものの輪郭を安定させるための一種の錯覚であり、
実際には人は、人の意見や行動は、少しずつ変化している。

なので「先月言っていたことと違うじゃないか!」と他者を責め立てるのは、
敵対する人との議論を有利に展開するための手法としては有益かもしれないが、人間関係の構築には害を及ぼす。
「人間はそんなもの」だと思って鷹揚に対応すべきなのだと思う。
(細かいことを言うやつは嫌われる。私がまさにそうだ)

意見は変わる。ほとんどの人は、それに気づかないように巧妙に偽装しているだけで。
偽装の方法が、論理思考で高度な理屈を捻り出すのか、それとも過去の意見をさっぱり忘れてしまうのか、それは人による。

実用主義に徹するべきなのだろう。
意見が変わったことを嘆くのではなく、変わった意見にどう対応するかだけを考える。
残念ながら、自分の意見が過去のそれと一貫性がないことに気づき、謝罪して訂正する人は、ごくごく稀にしか存在しない。

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    それを仕事と呼ぶのは単なる慣例に過ぎない

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