サーフェス(上っ面)

昔、ある同業者のことが気になっていた。
彼は独立して法人を作り、数十人の社員を雇い、全国展開して、何冊かの書籍も執筆していた。
当時直接の面識はなかったが、尊敬し憧れている人の一人として、その会社の動向は常にウォッチしていた。
その会社が発行するコンテンツもいくつか購入し、独立間もない自分の仕事にも活かしていた。

ある日、その会社の社名が変わり、社長が交代した。
何があったのだろう?と思いながらそこから数年が経過した。

ひょんなことからその人と直接話す機会ができた。
福岡に来るらしく、共通の知人がランチ会をセッティングしてくれたのだ。
ちょうどその頃は私も法人化し人を雇い、全国から仕事をいただき始めた頃だった。
書籍は執筆していなかったが、いくつかの連載は持っていた。
先輩から有益なアドバイスが聞けると嬉しいなと思い、その会に参加した。
なぜ急に社長を退いたのか、その理由も聞きたかった。

ランチ会では有益な情報をたくさんいただいた。
その時のアドバイスは今の私の経営スタイルにも多少なりとも影響を与えていると思う。

社長を退いた理由を聞くと、資金繰り不安からうつ病になっていたとのこと。
眠れなくなり、(あれほど有能な人なのに)仕事ができなくなり、
セミナーを中止にし、自殺未遂もしたそうだ。それで社長を他の人に譲ったと。
今はもう元気で、一人で仕事をしているそうだ。

私が見ていたのは表面、上っ面(サーフェス)だった。
華やかに見えた、私のロールモデルの一つだと思った彼は、
影では大変な苦労を背負い込んでいた。精神を病んでしまい、
生命の幕をおろそうと考えるほどに。
今の彼は、資金繰りに悩まされない個人としての生き方に
満足しているようだった。もう人は雇わないと言っていたように思う。

今、自分の会社は幸いにして資金繰りの不安がある状態ではない。
可能な限りこれを維持したい。

無思慮な投資や、安易な事業拡大(大幅増員や多角化など)は戒めたい。
そのためにチャンスをいくらか失ったとしても構わない。
なるべく堅実に、自社の得意なフィールドで事業を進めていきたい。

税金を多少余分に払ったとしても、手元預金を集めに確保しておきたい。
株主がいれば「溜め込んでないで投資しろ」と言われるかもしれないが、
幸いにして株主は私一人だ。誰にも何も言われない。

資金繰りの不安というある種の「牢獄」に囚われれば、私だって、
尊敬していた彼のようになってしまうかもしれないのだから。
それはとても怖い。眠れなくなるのも仕事ができなくなるのも、死のうと思うのも怖いが、
何よりも、自分が自分でなくなるのが、怖い。

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