私でなくても良かった

私じゃなくてもよい、と常に思っている。

自分が唯一無二の存在だなんて、楽観的に思えない。自分の事業もしかり。
私も、私がやっている業務も、誰かにとっての代替可能な部品でしかなく、居なくなれば誰かがそこに収まるだろう。

クライアントから感謝の言葉をいただくのは嬉しい。
けれど、もし私が居なくなれば、クライアントは私と似たような業務を遂行してくれる別の業者を探すだけだ。
また、当社よりも付加価値の高いサービスを提供する競合が表れれば、そちらに乗り換えるだろう。
それは冷たいとか不義理とかそういうことではない。ビジネスなので、合理的な判断をすべきだ。致し方ない。

現段階では、残念ではあるが当社はオンリーワンなどと言えるようなサービスを提供しているわけではない。
だからこそ、選んでもらうために努力しなければいけない。
サービス内容を改良し、質を向上させ、適性な価格を維持する。それをひたすら愚直に繰り返す。

自分は、自分の会社は特別な存在だ、黙っていても仕事が来る、仕事は好き嫌いで選んで良い・・・・などと思い上がっていれば、
気づいたらクライアントが誰もいなくなっていたということになりかねない。

簡単にそうなってしまう。ちょっとした気の緩みから。

自分が誰からも必要とされない寂しさ、
一文無しになり、家族に十分なお金を提供できなくなる恐怖、
従業員の給料を払えず、取引先に代金を払えず、皆に謝罪してまわる無念さ、
社会を呪詛し、SNSやブログで社会や同業者に呪いの言葉を吐くようになる情けなさ。

そういう恐怖と危機感に悩まされながら、日々仕事をしている。

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