マスクによる平等

“facial Justice”というSF小説がある。邦訳は出ていない。
若い頃、気合いを入れて読み始めたが、最初の数十ページで挫折してしまった。自分の英語力のなさが悔やまれる。技術文書ならまだなんとか読みこなせるが、小説はダメだ。

ストーリーはこうだった。(多分)
第三次世界大戦後、知能や体力の格差だけでなく「外見」の格差が問題になり、それを外科的手法だったから遺伝子改造だか忘れたが、なんらかの手法で解決した社会というのが背景だ。
つまり、いわゆる「顔面偏差値」が全員50になった社会。
同じ顔で、特徴がない。外見により差別されることのない社会が実現した!
何せ、外見に全く違いがないのだから、差別のしようがない。

・・・さて、このような社会はユートピアだろうか?
平等を目指す方々は、これこそ待ち望んだ社会だと賞賛するでしょうか?
少なくとも私はこんな社会には住みたくない。私にとっては、そこはディストピア以外の何ものでもない。

ーー

なんでこんな話をしたのかというと、
「ユニバーサルマスク」が実現した現代の我が国は、このディストピアに近い状態なのではないだろうかと思ったからだ。

皆マスクで顔の半分を覆い隠している。鼻や口、顎の輪郭といった特徴は判別できない。
おそらくコロナ前より、人の「顔面偏差値」の分散は小さくなり、「平等」に近づいただろう。
それが心地よい人も多いのかもしれない。

ウイルスは目の粘膜からも侵入すると聞いた。いずれはゴーグルも必須になるのではないだろうか。
髪の毛だって、伸ばしているとウイルスが付着して危険だ、全員スキンヘッドにしよう。
偏差値の分散はさらに小さくなり、小説と同様の社会が実現する。

もちろんこれは極論だ。だけど、この数年で、絶対にそうならないとも言えなくなった。
悲しいことに。

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