天命を待てるほどに、人事を尽くす

最近、朝の通勤時に必ずどこかの神社に立ち寄り、参拝をするようにしています。

IMG_4585

朝から手水で手と口を清め、参拝をすると気分が良くなります。
今日も仕事を頑張ろう、と思えます。

祈っても、何も解決しないけれど

私は結構ガチガチの無神論者で、祈っても問題は解決しないと思っています。

宗教が人間社会に持つ機能は否定しませんが、「論理的な計画、適切な質と量の行動」だけが今の状況を打開する唯一の手段であると信じて、経営コンサルタントという仕事をしています。

ではなぜ神社に参拝するのか?

IMG_4584

天命を待てるほどに、人事を尽くす

これは、ひとつの儀式だと思っています。
参拝のとき、向き合っているのは「神」ではなく「自分の内面」です。

「人事を尽くして天命を待つ」と言いますが、
人事を尽くした、、と言い切れる機会が、人生でどれくらいあるでしょうか?

「天命を待てるほどに、人事を尽くせる」仕事をしているか?と自問自答するために、
今日も通勤時に通る神社に参拝するのです。

関連記事

  1. 曲がりくねった道

    しつこく考え、問い続けること。

  2. 承認欲求との向き合い方

  3. 緑を近くに

  4. いつかはそこへ行ける

  5. 人生はマラソンではない

  6. 早起きだけど、すべてがうまく回っているわけではない

最近の記事 おすすめ記事
  1. ディスコミュニケーション
  2. 幽霊、おばけ、モノクロ
  3. 出張、旅行
  4. 2019.06.21

    結論ありきで

読書記録(ブクログ)