人には愚かなことをする権利がある

人権などと同様に、人には「愚行権」があるそうだ。
意味はそのままで、「(敢えて)愚かなことをする権利」。

他人の愚行を止めることはできない

たとえば喫煙。現在の科学的見解では、喫煙はデメリットの方が大きく、合理的に考えればやるべきではないのだろう。
しかし、デメリットが大きく、最終的には肺がんやCOPDなどの病気にかかるとしても、本人が納得した上で喫煙を行っているのであれば、その「愚かな行為」を他者が止めることはできない。
それが愚行権だ。

もちろん、本人が喫煙のデメリットを無知から理解していないのであれば教える必要はある。しかし、リスクを承知でやっていることを止めるロジックはない。
ギャンブルでも、危険なスポーツでも、家庭を壊すような行為でも。

周囲に迷惑をかけなければ何をやってもいい。タバコの煙を嫌がる人の前で喫煙するのはNGだろう、迷惑だから。
では、配偶者が嫌がっているのに不倫行為を繰り返すのはどうだろうか?褒められた話ではないが、行為をしている本人がそれによる言い争いや離婚、慰謝料などのリスクを踏まえた上でやっているのであれば、それを止めることはできない。おそらく道徳を謳ったところで何の役にも立たない。

とある会社のエピソード

知人の会社でこんなことがあった。(若干脚色している)

ワンマン社長だったが、数人しかいない従業員とは良好な関係を築けていると思っていたそうだ。私も端から見てそう思っていた。
ところがある朝、唐突に外部の人間(ユニオン)がやってきて「組合の設立」を宣言された。従業員は全員がその組合に入ったと。
組合の長となった従業員は、労働環境の是正を求めて、社長と交渉したいと言ってきた。

社長はすっかり落ち込んでしまった。彼に落ち度がなかったとは言わない。
ただ、その話を聞いたときに私が思ったのは「社員たちは、この件の落としどころをどう考えているのだろう」ということだった。

小さい会社であり、営業は社長がすべて行っている。社長なしで回るような会社ではないし、相互の信頼関係がなければ維持できない。
そんな会社が法的に許されているからといって組合など作って、上手く運営していけるのだろうか?

結果、その会社は潰れてしまった。社長がやる気を無くし、会社を潰して全員を解雇、個人事業主となることを選んだ。
従業員は会社のためを思い、少しでも皆の環境が良くなればと組合を作ったのかもしれないけれど、結果、自分の職場を失う「愚かな行為」となってしまった。

落としどころは見えているのか

人には愚行権がある。愚かな行為も、自分で責任を取れる限りにおいては許される。
上司に刃向かってもいいし、仕事をサボってもいい。会社の仕組みを批判するのもいいだろう。

ただ、それらの行為により発生する責任は取れるのか。落としどころをどう考えているのか。
そこを想定せずに自分が思ったように振る舞うのは、理性ある大人の行動ではない。

愚行権は認められるが、自分との関係性において愚行を繰り返す人と付き合いたいかというのは、また別の話だ。

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