正義の結果

世の中にとっていいことをしよう。これは「正義」だ。
例えばウィルスの蔓延を防ぐために自粛をしよう、飲食店を閉めよう、テレワークをしよう、学校を閉鎖しよう。
その効果については問わない(色々な意見があるだろうが、行動制限はどうやら効果がなかったように思える。「人流」って言葉、聞かなくなったでしょう?)。

しかし、それら「正義」のもとに行われた行動が副作用としての「悪」を生み出しているとしたら、それは問題だ。
自殺は増えている。
出生者数は大きく落ち込んだ。
死亡者も大きく増えている。
倒産も、失業もだ。
これらは「正義」の副作用だといえる。こんなことをしなければ(少なくとも、早い段階で軌道修正していれば)、失われなかったもの。
正義を執行した善意に満ち溢れたみなさんはこの副作用に対しては口をつぐむ。もしくは「必要な犠牲だった」と嘯く。

私はたまたまその影響を受けにくい状況にあった。
自分で行動を決定できる経営者であり、
飲食や観光業など自粛でダメージを受ける産業と直接の関係はなく、
子供もおらず、高齢者と同居しているわけでもない。
でも、悪影響を受けた人たちはたくさんいて、それぞれが人生を大きく変えられてしまった。
(マスクをしたままクラスの皆の「下の顔」を知らず過ごす3年間の学校生活など想像するだに恐ろしい)

「地獄への道は善意で舗装されている」と、昔の偉い人はいった。
自分はいいことをしていると思い込んで、善意の笑顔でせっせと道路を舗装した人たちは、もうそこにはいない。責任は誰も取らない。「悪気はなかった」とすら言う。
信じてその道を通った人たちは、たどり着いてしまった地獄からこちらをじっと眺めている。でも、もうもとに戻ることはできない。
考えるだけで、気分が塞いでしまう。

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