自分が間違っているのではないか

間違った道、方向

私は自分のことを余り信用していない。
自分との約束はよく破るし、早合点から間違った判断をしたことも数え切れないほどある。
言葉の選択を誤り相手を傷つけてしまったこともあるし、
今振り返れば愚かな選択をしたと恥ずかしくなることも。

私は、先生然として自信たっぷりに振る舞うことはできない。
世のなかというのが思ったよりも偶然に支配されていると知っているし、
条件を限定せずに何かを断言するということがどれだけ愚かなことなのかもこれまでの経験からよくわかっているつもりだ。

経営コンサルタントというビジネスを考えれば、
断言した方が商売が上手くいくのだろうけれど、
そうするには本を読み過ぎた。

きっといつまでもできないのだろう。

自分を信用していない私は、常に「もしかしたら、自分が間違っているのでは」という気持ちで物事に接している。
その方が、間違いに気づいたらすぐに謝れるし、より正しい選択肢を選ぶことができると思っている。

逆に、「自分は絶対に間違わない」、と考える人には世界がどう見えるだろう?
何か失敗をしたとする。
自分は絶対に間違わない。
とすれば、失敗したのは誰かのせいだ。もしくは自分を理解してくれない社会のせいだとなる。
だって自分は絶対に間違わないのだから。

そういう人と仕事をすると不幸になるだけだ。

関連記事

  1. 「なぜ」ではなく「どうしたら」

  2. 視点を変える(3)〜立場を動かす

  3. 「問題」という単語の多様性

  4. 意思決定の前に「歪んだ認知」を修正する

  5. 思考法その6〜いじめられる側にも責任が?【公正世界仮説】

  6. エピソードとデータ

最近の記事

  1. 2026.01.09

    実社会の方が
  2. 新年、鶴、富士山
  3. 本棚

    2025.12.24

    2025年の読書
  4. 2025.12.23

    賃上げの哲学
  5. 遠くを見る

読書記録(ブクログ)