エピソードとデータ

先日、知人がコロナウイルスに感染した。
詳細までは聞いていないが、緊急入院で、肺の一部が機能しなくなったそうだ。

この話を聞いて「やはり怖いな、気をつけよう」と、一瞬はそう思った。
でもすぐに思い直した。
「この話を聞いた前と後で、私が罹患する確率は変わってはいないではないか。行動を変える必要がどこにある?」
と。

エピソードは強烈だ。具体的で、人の顔が見える。そこには真実のストーリーがある。
なので、それに引っ張られてしまう。非合理的な選択をしてしまう。
飛行機事故が発生したら飛行機の利用が減り、皆が自動車で移動するようになるそうだ。
自動車事故の確率の方が高いというデータがあるのに、人は飛行機事故の目立つエピソードに幻惑され、よりリスクの高い選択をしてしまう。

データは抽象的で、人の顔が見えない。冷たく、非人間的だ。
それでも信じるべきはデータであり、エピソードではない。
人間の心の癖というか、少しでも気を抜くとエピソードに引っ張られてしまい意思決定を見誤る。
特に恐怖とともに語られるエピソードではその傾向は顕著だ。気をつけなければ。

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