答えが欲しい

人は一般的に「答えがない」と言う状態に耐えられない。
すぐに答えが知りたい。たとえ、それが嘘だとしても。

昔なら、妖怪や呪術がその欲求に応えていた。
今は科学がそれを代替している。

科学が万能というわけではない。
あれは信頼度は高いものの単なる手法であって、
人間の実存の問題を解決することはできないように思える。

仮に科学が自分の性質や才能を正確に測定できるようになったとして、
AIが自分にとって適切な行動を提案できるとして、
それに従えば人間は幸せになれるのだろうか。安心して日々を過ごせるのだろうか。

私は将来、超高性能なAIなりなんなりに「あなたに向いた配偶者は誰々で、向いてる職業は**、
DNAにはこういう傾向があるからお肉は食べないで」と言われたからといって、
唯々諾々とそれに従うことはないと思うのだが。

「答えが欲しい、答えがない状態はきつい」と言う人間の気持ちに、誤解や偏見が入り込む。
「自分は悪くない、全てはフリーメイソン(ビルゲイツでも、ユダヤ人でも、中国共産党でもなんでもいいけれど)の陰謀だ」と思えば、視界は開け、モヤモヤは霧散する。

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