評価される場所に出ていこう

評価(賞賛)されない環境というのは辛い。

人はどうにかして自分を特別な存在だと思いたいので、
挫折でさえ自分が特別であることの証拠にし、
挫折したというさかさまのエリート意識を持つ。

他人に賞賛して貰えないなら、自分で賞賛するしかない。
そこでは他人の賞賛が軽蔑となり、軽蔑が賞賛となる。
あんな馬鹿どもに理解されなかったとは、なんとも運がいいことだ!
私を無視するならそれでも結構、こっちこそ願い下げだ。
あんな奴らに賞賛されてしまっては、それこそ不名誉だー

「生まれてきたことが苦しいあなたに」大谷崇

誰からも賞賛されない環境に身を置き続けると、どこかで歪んで、逆転してしまう。
そして、歪んだ自己認識のままで、本当は欲しかった賞賛を受けることは、もうない。

なので、きちんと褒められて、評価され賞賛される場所に出ていこう。
「まだ本気を出してないだけ」という言い訳が通用するのは若い間だけで、中年になってからそんなことを言うのはみっともない。

もちろん、結果として評価されない場合もある。賞賛どころか罵倒される場合も。
評価が見える化されると言うのは、いいことばかりではない。
自分が「特別な存在」ではないと自覚するのは、気持ちのいいことではないから、できれば避けたい。
でも、「世間は俺のすごさをわかってくれない」みたいなことを言う人間になるよりは、なんぼかマシだ。

関連記事

  1. SNSに投稿するのもいいけれど

  2. その身体が動かなくなる前に

  3. 一人だけ抜け出すイメージ

    ブランドロゴマークの効果

  4. 本当の「会社」

  5. 値引きはしない

    フロウシンクは値引きをしない

  6. 哲学がなければ

最近の記事

  1. 2026.04.14

    GTDの復習
  2. 2026.04.13

    頭の体操
  3. 2026.04.09

    昼休みの外出
  4. 2026.04.06

    2026年の桜
  5. 2026.04.03

    移動が多い
  6. 2026.04.02

    IT結婚指輪

読書記録(ブクログ)