自分にとって不愉快なこと

先日、某所にあるサウナに入った。サウナの中に水風呂がある、珍しいタイプの場所だ。
水風呂があるせいか、内部は常に湿度が高い状態。

隣に座っていた男が、突然床に向かって唾を吐き始めた。彼の足元に白い泡のような液体が落ちて、少しだけ広がる。
男はそれを桶に入れた水で流して、水風呂に入った後部屋を出て行った。

私は不愉快になった。不衛生じゃないかと。
でも数秒後にこう思った。私は、なぜ不愉快になったのだろう?
唾を自分に向けて吐かれたわけではない。唾は私には1gも接触していない。
彼が吐いた唾を私が踏んだりしたわけでもない。彼は唾を水で洗い流したので、綺麗になっている。

要は私には全く迷惑がかかっていない。
それなのになぜ私は不愉快になったのか。
社会のルールを守らなかったから?しかしそのルールは誰が決めたのか。
私が勝手に決めているのだとしたら、それを他者が守っていないからといって不愉快になる必要はないのではないか。
なぜ自分の側が正義で常識で、相手は違うと言えるのだろうか。

自由な社会では、誰かが自分の意に沿わぬことをしてもそれを許容しなければならない。それは自由な社会の代償だ。
自分は自由でいたいが、他者は自由に振る舞ってはダメだというのは、身勝手すぎるだろう。
(もちろん、ルールや法律を破ると罰せられるが、それは国家がやることで、個人がやればそれは暴力で、集団だとリンチになる)

そんなことを考えていたら、不愉快な気分は遠のいた。
サウナの熱気のせいで頭がぼうっとしただけかもしれない。

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