フリーアドレスは人間の本能に反しているのではないか

フリーアドレスとは、デジタル大辞泉によれば「職場で従業員の席を固定せず、空いている席を自由に使う制度」のことだ。
従業員は出勤後、空いている席を確保する。自分用のノートパソコンか、もしくは誰でもログインできるシンクライアントタイプのデスクトップPCを使う。
私物は全てロッカーに入れてあり、退勤時には机の上には何も置かない。

営業などはほとんど事務所に居ないわけで、彼らのために日中ほぼ使われていない机と椅子を確保するのは無駄というのはわかる。
スペースの有効活用という意味では、フリーアドレスは良い手段だろう。(特に当社のような零細企業では)家賃負担はばかにならないので、安くなるならそれに越したことはない。
また、毎回隣に座る従業員が異なることから新たな交流が生まれ、それが事業にプラスの効果をもたらす、という主張もわからなくはない。

ただ、当社ではフリーアドレスを導入することはない。
複数の業務委託先があるため、彼ら彼女らが一時的に使用する共有スペースは設けているが、常勤のスタッフには基本一人一席を割り当てる。

本能に反しているのでは?という疑問

なぜかと言えば、フリーアドレスはどうも人間の本能に反しているような気がしてならないからだ。
「縄張り意識」というか、誰だって、会社のなかに自分が好きにできる空間が欲しいのではないだろうか。
自分は勤め人の頃から、自分のスペースを私物のフィギュアや写真、デジタルガジェットなどを置いてきた。フリーアドレスならそれはできなかっただろう。

縄張りという言葉がピンとこなければ、安心できるパーソナルスペース、とでも言うべきか。哺乳類のなかには自分の縄張りを命をかけても守る種も居る。
シェアハウスにだって、自分専用の部屋はあるだろう。

いっそくじ引きで

毎回座る場所が異なり、交流が・・という言説も、確かのプラスの効果はあるとは思うが、それよりもむしろマイナスの効果が大きいと思う。
権力者の周囲の座席を確保したいと切望するイエスマンたちの熾烈な競争が行われる可能性があるし、
それ以外は常に仲の良いメンバーだけで固まってしまうだけのような気がする。
#フリーアドレスを採用しても、各人が座る場所はだいたい固定されてくるらしい。

本当にフリーアドレスの効果を出そうと思ったら、毎朝くじ引きで座る席を決める、くらいのことをした方がいいのかもしれない。

自分の職場は自分用に最適化したい

人間は安定した環境を求めるのであって、朝出社する度にどこに座れるかわからない、というのはストレスだと考えてしまう。
個人的には、毎回座る場所が違ってて、そのたびに書類を取りださないといけないなんて、それじゃあカフェと変わらないじゃないか?と思うのだが。

少なくとも当社ではフリーアドレスを採用することはないだろう。
一日の大半を過ごす事務所のデスクを、自分の好きにセッティングできないなんて嫌だ。

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