テレワークは補助的手段でしかない

当社は事前に言ってもらえればテレワーク(在宅勤務)を可としている。
各自の家庭の状況を考慮し、必要に応じてノートパソコンを貸与している。
#ちなみに事前というのは、直前でもいい。数分前でも。

ただ、完全テレワークでの作業、というのは基本想定していない。
テレワークはあくまでサブ的な位置づけで、基本は出社してもらい皆で仕事をして欲しいと思っている。
ひとつの場所に集まるメリットはばかにならない。
それはささいな会話から得られる業務遂行のヒントであったり、
同僚に何かを質問する際のコストの低さ(なにせ、顔を横に向けて話しかければいい)であったり。

現在の技術レベルであれば、完全テレワークは不可能ではない。
通勤費も要らない、事務所の家賃も要らなくなる。通勤時間というロスもない。
外出用の服装に着替える必要もないし、天候も気にしなくていい。良いことずくめだ。

でもそんな極端な会社は、ゼロではないだろうが、ほとんどない。
オフィスは要らない!と言っている人が居たら、たいていは経営コンサルタントやライターなどの自由業だ。
彼らは集団で仕事をしないので、あまり参考にならない。

知人が経営するIT企業は、高い家賃を払って一等地に事務所を構えている。
彼らの業務内容であれば、テレワークだけで業務を完結することは十分に可能なのに、そうしていない。
先端のIT企業ですら、集まって仕事をすることに価値があると思っているのだ。

人間は太古の昔からずっと皆で集まり仕事をしてきた。
たかだか数十年程度でそのような人間の心性が変化するとも思えない。

なので当社では、多少のコストがかかろうとも事務所を構え、オフィス家具を揃え、通勤費を払い、
皆に集まってもらい、声を掛け合いながら仕事をする。
体調が悪そうにしていたら気遣い、出張に行けばお土産を買ってきて皆に配る。
かけるコスト以上の効果があると思っているから、そうする。

テレワークは個々人の事情に合わせて気持ちよく働いてもらうための補助的な手段でしかない。

昭和の仕事のやり方だと笑う人が居たら、「そうですね」と笑顔で無視する。
昭和も平成も令和もない。時代に関係なく、一番効率の良いやり方を選んで組み合わせるだけだ。

帰省中。先祖の墓所から望む夕焼け(E-M1X)

墓所は山を切り開いて造られている。迷路のような階段を上っていく。(E-M1X)

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    2019.10.08

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