「経営者目線で」と言われても

「経営者目線」を持てるのは、経営者だけだ。

従業員に経営者目線を求めるのは間違っている。
社長と同じ額の給料も払っていないし、借金の保証人になってリスクを負っているわけでもない。

なによりも、資金繰りに悩んでいない。家賃が払えるか、給料が払えるかが不安で眠れない夜を過ごすことは、従業員には「絶対に」ない。

独立したら「経営者目線」を持てるかというと、そうとも言えない。
自分も独立してしばらくは「経営者目線」を持っていなかった。
独立前に中小企業診断士の資格を取得していたし、経営コンサルティング会社で働いた経験もあり、経営者と接する機会も多かったのにも関わらず、だ。

個人事業主として、フリーランスとしてやっている頃は、「自分が喰えればそれでいい」程度の認識だった。
値引きを要求されればけっこうな確率で受諾していたし、単価の安い、実質労働時間を考えればほぼ赤字の仕事も請けていた。

法人化して事務所を借り、人を雇ってからはそんなことはできなくなった。
給料や家賃を払わないといけないからだ。毎月大きな金額の支払いがあることがわかっているのに、安易な値引きなどできないし、赤字の受注などもってのほかだ。

人の人生に責任を持ったとき、初めて「経営者」になれたように思う。

経営者目線の定義

もしかしたら「経営者目線」という言葉の定義が違うのかもしれない。
ここまで話したような会社の内部に向けた話ではなく、外部に向けた話。
取引先の社長と互角に話すために、経営者の思考が理解できるようになってくれ、ということだろうか。

とは言え、これも難しい。
想像はできるだろうが、経験はできない。

私が取引先の営業から「経営者目線」で話しかけられても、
何を言ってるんだろうこの人は、と思うだけだ。
「大変ですねえ」と共感されれば、「そうなんだよね〜」と返すが、
「私も経営者目線を持っているのでわかりますよ」と言われたら(そこまで直接的な物言いはしないだろうが)、「何を知った風なことを」と呆れてしまう。

「体験していないものに何がわかる」というような経験絶対主義に与する気は毛頭ないが、
想像と経験をごっちゃにして、さも自分が経験したかのように想像で話すのは間違っている。

もし全員が経営者目線を持っていたら

簡単な思考実験をしてみよう。
従業員全員が経営者目線を持ったらどうなるか?

会社は崩壊するだろう。

経営者目線を持った従業員は、経営戦略や投資すべき分野、営業方法について、「自分のやり方でいこう」と主張してくるだろう。なぜなら、経営者目線を持っていて、どうすればいいのかがわかっている(と思っている)のだから。
当然人によってやり方は違うので、侃々諤々の議論となり、皆が経営者なので譲ることもない。いつまでたっても企業としての意思決定はできないだろう。

「正しいこと」がわからない場合、だれかが強引に決断する必要がある。
会社経営ではそういった非合理的な行為が求められることがままある。

しかし全員が経営者目線を持ち、経営者のつもりだったら、それができない。
無理にしたとしても皆同意せず、面従腹背され実行段階で上手く機能しない。

いやいや、経営者「目線」が欲しいだけで、経営者になって欲しいわけではないよ、という弁解もあるかもしれない。
しかし、権限や報酬を与えずに義務だけ課すというのも、虫の良い話だろう。

同情して欲しいのか

社長が従業員に対して「経営者目線」を求めるのは、もしかしたら孤独な自分の話相手が欲しいのかもしれない。
本音はこうだ。

「俺の話相手になってくれ」
「自分の苦労をわかってくれ」
「責任を分散したい」

もしそんな理由なのだとしたら、従業員がそれに付き合う必要は無いし、
何よりも、孤独に耐えられない人物は経営者に向いていない。

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