願うまでもない

自宅から事務所までの最短経路に、神社がある。出勤時と退勤時、ほぼ必ず参拝をしている。プライベートと仕事の切り替えの儀式として、なかなか気に入っている。

お賽銭を入れ(財布の中に入っている一番金額の小さい硬貨を使うと決めている。500円の時もあった)、家族と社員の幸せを願う。もっとも、願ってもどうにもならないことはわかっている。神様だってそんな抽象的なことを言われても・・と困惑するだろう。幸せの形は人それぞれだし、本人だって何が自分にとって幸せかを完全に理解しているかどうか怪しい(少なくとも私はよくわかっていない)。

なのでこれは、実のところ神ではなく自分に言い聞かせているのだろう。自分の幸せ「だけ」を求めるような経営や生活をしないように、と。

本殿の奥には鏡が見える。角度のせいで私の顔は映ってはいないが、神に頼らずに自分でやってみたら?と、そう言われているように思う。

関連記事

  1. 組織化された天使

  2. 旅行、出張

    名古屋出張、熱田神宮へ

  3. 起業前に読む。中小機構提供の「業種別スタートアップガイド」

  4. 2回目の引越し

  5. 倒産に立ち会う時

  6. 客先常駐はしない・させない

最近の記事

  1. 本棚
  2. 2026.01.22

    オーバー
  3. 2026.01.16

    古書を読む
  4. 2026.01.14

    税負担化
  5. 2026.01.13

    全知全能

読書記録(ブクログ)