尊敬と崇拝

尊敬すべき人間はいるが、崇拝すべき人間はこの世にはいない。

尊敬するのはいい。
自分にないところを持つ人、
自分が到達したい場所に既に辿り着いている人、
専門を極めている人、
人格的に素晴らしい人。
世の中には尊敬すべき人間はたくさんいる。

しかし、どんなに尊敬できる人でも、崇拝してはいけない。
彼の言うことは、ある分野においては正しいが、他の分野では素人同然、いやそれ以下かもしれない。
(テレビのコメンテーターが専門分野外の発言をしている時の訳のわからなさを思い出してみよう)

崇拝してしまうと「彼・彼女の言うことは正しい」となる。それは危うい。
人は神様ではない。間違えることだってある(神様だって常に正しいかはわかったものじゃない)。

尊敬していれば、その人が変なことを言ったら諌めることもできるだろう。
崇拝していれば、それすらできない。いや、そうしようとすら思わない。

冒頭のセリフに戻る。
崇拝すべき人間はこの世にはいない。
分野ごとに尊敬できる人間は、たくさんいる。

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