恐怖、それ自体の恐ろしさ

恐怖は強い感情だ。うまく刺激すれば、人を思い通りに動かすことが出来る。

恐怖を与えれば、人を家から一歩も出さないことも可能だ。自粛やテレワークの強制も簡単だ。
恐怖を与えれば、人にどんなときでもマスクを着用させることもできる。そこがたとえ屋外で換気抜群の環境だとしても。
恐怖を与えれば、人々を憎み合わせることも容易だ。近所の仲良しだった居酒屋を口汚く批判することにも、何ら良心の呵責を感じないほどに。
恐怖があれば、隣国との戦争だって簡単にできるのかもしれない。

もちろん長くは続かない。人は慣れるから。つづけるには新たな恐怖を与える必要がある。
変異株、後遺症、リバウンド、ワクチンの副作用・・・

感染症に詳しくないので、対策そのものについての是非はここでは問わない。

私はいま、「恐怖」という感情そのものが怖い。
飲食業や観光業が不可逆なダメージを受けつつあるまさに今、より強力な措置を求め、当事者達には「転職すればいい」と無神経な言葉を投げつける、その「恐怖」が。

自分は経営コンサルティング業で、上記の業界と比較すれば今回のダメージはそれほどではない。
でも、ひとたびその恐怖が自分に向けられた時、抗う術はきっとないだろう。
それはとても怖いことだと思う。

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