偉大な人は「聞く」

その人が偉大であればあるほど、その人はあなたに話させようとする。
ところが、その人が小さければ小さいほど、あなたにお説教をしようとするのである。

元ネタはどの本だったか、忘れてしまった。だが、自分の経験からも実感できる文句だ。

過去に出会った尊敬できる方は押し並べて聞き上手だった。
いろんな角度から私に話させ、話すことで整理させ、自然に答えに導いてくれた。

一方、(私にとっては、であるが)尊敬できなかった方は、私が少し話したら後はお説教をした。
説教というより、自分の経験談と価値観の披露、と言った方が正しい。
時代背景もコンテキストもガン無視された、単なる一つのエピソードを限界以上に敷衍したもの。

さて、自分は聞き上手だろうか?そうだと思いたいが、これは他者がどう評価するかによるのだろう。

お説教はしないと思う。自分が人の人生に助言できるほど素晴らしい人生を送っていないという自覚があるし、
自分の経験が全てだとは思っていないし、誰かに自分の価値観を押し付けるのは大嫌いだからだ。(もししていたら、指摘していただきたい)

できる限り、偉大な人間になりたいものだ。

関連記事

  1. いい風に

  2. 誰とでも丁寧語で話す理由

  3. 承認欲求の制御

  4. 自分の手近の義務を

  5. 3年前に御礼をしなかったから?

  6. 救済は来ないのなら

最近の記事

  1. 2026.03.12

    紹介の連鎖
  2. 2026.03.09

    AI配偶者
  3. 2026.03.06

    京都も古典も
  4. 2026.03.05

    出せない

読書記録(ブクログ)