「セックス不況」に象徴される現代社会の孤独化は社会崩壊の前兆である | クーリエ・ジャポン
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英国ではパブが1日1軒のペースで閉店している。第二次世界大戦中にナチスの爆撃で破壊されたペースを上回る速度だ。
「孤独なボウリング」という名著で、アメリカのコミュニティの崩壊に警鐘を鳴らしたのは2000年代だった。あれから20年たって、コミュニティは虫の息といったところか。英国の伝統文化であるパブでさえ、そこに集い、酒を飲む人間が減れば、閉店せざるを得ない。同じ記事には、アメリカのレストランの注文の4分の3は「持ち帰り」だとも書いてあった。日本も大概だが、まだマシなほうなのかもしれない。地域のお祭りなどをみていると、そう思う。
孤独を愛する非社交的な自分としては、社会が自分に寄せてきているようにすら思う。「俺のターンだ!」と。生活しやすくなるのは大歓迎だが、社会全体が自分みたいな付き合いの悪い人間ばかりになってしまっても、それでも社会は回せていけるのだろうか?
自分はもう結婚もしているし、ある程度のコミュニティにも所属している。(不同意性行罪などの)リスクをそれほど取らずとも恋愛ができる、コミュニティがまだかろうじて存続している、ギリギリのタイミングで若者時代を過ごすことができたからだ。でも、これから犯罪者となるリスクを負いながら伴侶を見つけ、崩壊したコミュニティに居場所を見つけようとする若者の苦労たるや・・・・そんな無理ゲーに参加せず、引きこもりたくなる気持ちもよくわかる。自分が今若者だったら、きっとそうしてるだろう。















