正義の気持ち良さ

正義、校正、法律

自分が「正しい側」にいると思うと、気持ちがよくなる。
「正しくない側」を罰することができるなら、なおさらだ。

近年の脳科学は、この予想どおり、他人の道徳的な悪を罰すると、
セックスやギャンブル、ドラッグなどと同様に快楽物質のドーパミンが
放出されることを明らかにした。ヒトにとって「正義」は最大の娯楽のひとつなのだ。

ー 「もっと言ってはいけない」橘玲 著 第5章より

どうやら、人間の仕組み上、正義をなす(つまり、他人の道徳的な悪を罰する)と、
快楽物質のドーパミンが放出されるようだ。
つまり、正義はセックスやギャンブル・ドラッグと同様に「気持ちがいい」のだ。
著者は、正義とは「娯楽」であると言い切っている。

義憤でいい気持ちになれる

ネット上で様々な人がバッシングされているのを見ると、
正義がいわば娯楽の一種として人々に消費されているのがよくわかる。
自分の人生とは何ら関係のない人達の悪行に、なぜそこまで怒ることができるのか?
それはそうすることが、自分にとって「気持ちがいい」からだろう。

新しい「悪」が出てくれば、皆一斉にそちらをバッシングする。
相手を間違っていても、誤解であっても、それはどうでもいい。
娯楽なのだから、自分が気持ちよくなればそれでいい。

相手もまた正義である可能性に思いを巡らす

自分が正義だと信じて疑わない人が、一番たちが悪い。
正義なので悪を罰する、これは正しいことに決まっている。
そう思い込み、他のパターンを考慮しない。

自分では気づいていないかもしれないけれど、
ほんとうは自分が気持ちがいいからそうしているのに。

相手の方が正義かもしれない、相手の理屈にもどこか納得できる面があるかもしれない、
正義と悪の境界は明確ではなく、ある部分は自分が正しいが、別の部分が相手が正しいかもしれない。
そう考えれば、もっと良い問題解決の方法が見つかるのだが。

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