「ちょっとした違い」の恐ろしさ

少し長い引用になる、「デジタルエコノミーの罠/マシュー・ハインドマン著」62P

2004年初頭、ある学生が作ったソーシャルネットワーキングサイトが、
あるアイビーリーグ大学のキャンパスを席巻した。
ものの1ヶ月でそのキャンパスのほとんど全学生が写真やブログを投稿し各種アンケートに答え、
音楽やイベントの予定を共有し、友人たちの活動にコメントをつけていた。
<中略>
創業者は大学を中退して、フルタイムでこのサイトの作業に没頭した。
やがてこの新興ソーシャルネットワークは何十万人もの利用者を擁するようになった。

と、ここまで読んだら、誰もがフェイスブックのことを思い浮かべたと思う。もしくは、創業者であるマーク・ザッカーバーグのことを。
私もそうだった。

でもこれは、フェイスブックの話ではない。

コロンビア大学のアダム・ゴールドバーグが作った「キャンパスネットワーク」の話だ。
ちょっと後に出てきた「ザ・フェイスブック(当時は定冠詞がついていた)」なる劣化版のサービスなんかより(当時は)先進的な機能を搭載していた。

アダムはフェイスブックをみて、「なんてこった、自分のサイトがコピーされている!」と思ったそうだ。

Why did Columbia’s Campus Network lose out to Harvard’s Facebook?
[blogcard url=”https://slate.com/technology/2010/09/why-did-columbia-s-campus-network-lose-out-to-harvard-s-facebook.html”]

後発で、しかも機能が乏しい。普通に考えたらフェイスブックに勝ち目はないはずだ。
だけれど、生き残ったのはフェイスブックだった。もはや誰もキャンパスネットワークのことを覚えていない。
もちろん、アダムのことも。

いろんな理由があると思う。この書籍でもいくつかの仮説が挙げられていた。
ただ、おそらくはちょっとした「偶然」や「タイミング」が原因なのではないか。
ほんのわずかな意思決定が、長い時間をかけて大きな差を生み、結果としてこうなった。

通勤のルート、使い慣れたSNS、気心のしれた取引先・・・人は習慣を変えることを好まない。
今のままで十分満足しているのに、なんで余計な手間をかけて新しいモノに乗り換えなければならないのか?
スイッチングコストという奴は、思ったよりもやっかいだ。
乗り換えを促すのが難しければ、最初のユーザーになるのが一番いい。

自分が今やっているビジネスでも同じことだろうと思う。
あの大きな依頼を受けなかったら?
情報発信を強化していなかったら?
人を雇い給料を払うことを躊躇していたら?
社名を公的な書類に出すことを拒んでいたら?
システムに高額な投資をしていなかったら?

わずかな差だった。どっちを選んでもよかった。
でも、現時点ではほんのわずかな差が、数年後、数10年後に大きな、もう取り戻せないような差になる。

どれが「当たる」かはわからないので、手数を増やすしかない。
時間がもっと欲しいな。

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