名声は手段

長くこの仕事をやっているせいなのだろうが、自分や自分の会社の評判を人伝に聞くことがある。プラスの評価であることが多い。もっとも、マイナスの評価を本人に伝える人もあまりいないだろうが。

名声はいいものだ。仕事に役立つし、自分だって気分がいい。

でも、忘れてはいけないのがこれは手段であって目的ではないということ。名声を得ることそのものが目的になってしまうと、行動が歪んでしまう。仕事に繋がらない広告を出したり、業界団体の活動にかまけて自分の仕事をおろそかにしたり、SNSで過激な発言をしてみたり。

当社は広告も(お付き合い以外は)ほぼ出していない。10年以上、ひたすら誠実に仕事をしてきた結果、名声?のようなものを獲得できたと思っている。

どれだけの人間が君を知らないことか。
どれだけの人間がそれをさっさと忘れてしまうことか。
どれだけの人間が現在多分君を讃めていながら、
たちまち君を悪く言うようになるであろうことか。

「自省録」マルクス・アウレリウス 第八章五十

とはいえ、名声はうつろいやすいもの。私が不祥事でも起こせば容易に反転してしまうもの。おまけくらいに考えておくのがちょうどいいのだろう。

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