愛情と交易と実力

各人が他の人々をして自分の目的達成に助力させる方法は、愛情と交易と実力(暴力)の三つしかないが、実力(暴力)は問題外だし、愛情は限られた領域でしか機能しないから、それ以外の領域では交易という方法に頼らざるを得ない。
  リバタリアニズム読本 p131

リバタリアニズム(自由至上主義)はラディカルすぎて完全には同意できないものの、思想の方向性は近いと思っている。なんせ、国家は不要、資格も不要という主張なので、今の自分の仕事を全否定することになってしまう。ただ各人の自由を維持することが大事だという点には全く異論がない。同時に、完全なる自由に耐えられる人間なんてごくわずかであり、ほとんどの人間にはいくばくかの「制御」は必要だし、その方が幸福になれると考えている。(そう考えないと、社員の自由を制限することになる社長なんて職業、やってられない)

さて。実力でいうことを聞かせる。物理的な暴力はだめだが、人事権や昇給のコントロールが、社長が社員にできる「実力行使」なのだろう。私は自分を全く信用していない。何かのスイッチが入れば、安易にこれらの手段を使ってしまいそうだ。なるべく使えないよう、ルールで縛ってはいるものの、自信はない。また、これらの手段(実力)を使わざるを得ないケースは残念ながらある。愛情や交易では相手が動かないのであれば、仕方がない。「社長命令だ」という言葉は、私が最も言いたくない言葉の一つだ。それでもやる。必要がそれを求めるから。責任は全て引き受けた上で。

愛情は信用できない。ふとしたきっかけで「醒める」し、より愛情が高まる相手が現れたら、簡単に放棄ないしは軽視されるようになってしまう。信用できる愛情に出会えたとしたら、それはきっととても貴重なものだ。私はいくつかのそれに出会えたと思っている。相手がそう思っているかどうかは別として。

というわけで、基本的には「交易」に頼らざるを得ない。契約に従い、労働への対価を安定的に供給する。決めたルールを理由なく変更しない。明確な基準を与える。

「冷たい」と言われることがおおい人生ではあるが、「交易」の観点から物事を考えていれば、そりゃそうなるだろう。「温かい」人は、愛情か実力を起点に物事を考えているに違いない。長期的に付き合うにはどうなんだろう、そういう人って。

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