成長の過程で失ったもの

「昔よりも辛そうだが、大丈夫か?」、と、古い友人や知り合いの社長から言われた。立て続けに3人ほど。
友人のプロフィールはさまざまだ、大学の友人、同業者、異業種の社長。
友人の奥さん(昔よく一緒に遊んでいたが、もう3年以上会ってない)すら、大丈夫だろうかと心配していると。

同業者からは、こう言われた。

昔の、一人で仕事をして自分の食い扶持だけを稼いで、
時間があればふらりと海外に出かけたり自転車でテント旅をしたり、
温泉宿に何日も滞在している頃は生き生きしていた。
今は周囲に気を遣って、無理しているようにみえる、楽しくなさそうにみえる。

今のお前の会社は大きくなった。俺と比べれば、お金の余裕もあるかもしれない。
だけど、お前の境遇は全然羨ましくない

そうかもしれない。

ーー

芥川龍之介が自殺する直前のかいた短編「歯車」のラスト。

そこへ誰か梯子段をあわただしく昇つて来たかと思ふと、すぐに又ばたばた駈け下りて行つた。
僕はその誰かの妻だつたことを知り、驚いて体を起すが早いか、丁度梯子段の前にある、薄暗い茶の間へ顔を出した。
すると妻は突つ伏したまま、息切れをこらへてゐると見え、絶えず肩を震はしてゐた。
「どうした?」
「いえ、どうもしないのです。……」
 妻はやつと顔をもたげ、無理に微笑して話しつづけた。
「どうもしたわけではないのですけれどもね、唯何だかお父さんが死んでしまひさうな気がしたものですから。……」
 それは僕の一生の中でも最も恐しい経験だつた。
――僕はもうこの先を書きつづける力を持つてゐない。
かう云ふ気もちの中に生きてゐるのは何とも言はれない苦痛である。
誰か僕の眠つてゐるうちにそつと絞め殺してくれるものはないか?

芥川の妻のように、周囲が私のことを心配している。
死ぬとは思ってないだろうが、不安には思っている。
自分達が知っている米倉ではないと。

自分のことは自分ではよくわからない。
むしろ周囲の人間の方がよくわかっていることもある。
古くからの、仲のいい友人たちが皆そう言うのだから、そこにはある程度の真実が含まれているのだろう。

自分でもある程度自覚はあったが、きっと私は今、少し無理をしていて、昔ほどには楽しくないのだろう。

時計の針は巻き戻せない、前にしか進まない。
全てをご破産にして昔に戻ることはできない以上、今の状態は維持しつつ、前のように自由な生活をする。
両立のための「落とし所」を探さなければいけない。
破綻がきてしまうその前に。

・・・・まずは、昔のように旅行に行くことにしようか。

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