偶然を許容できない人が、オカルトに逃げる

世のなかの結構な割合は、偶然に左右されている。
たまたま店で会った人と新たなビジネスの話になる。
知人の紹介で雇用したスタッフが重要なパートナーになる。
スタート時点でのほんのわずかな違いが大きな差を生む。
マークシートで山勘で書いた項目が当たって、難易度の高い試験にギリギリ合格する(これは私の話だ)。

それは「引き寄せの法則」なんていう非科学的な話では断じてない。
偶然であり、運だ。同じことは二度と起こらないかも知れない。

ところが人間は「偶然」という理由を嫌がる。
全ての物事には因果があり、
良いことは報われ、悪いことは罰せられると信じたい。

成功者は努力だけで成功したのではない。
同じ方向で、同じだけの力で努力した人もたくさん居たはずだ。
努力に加え、偶然の要素が味方したために彼は成功したのであって、
彼と同じやり方をすれば誰もが成功するわけではない。
なのに、成功者から教えを請い、成功者がたまたま同時期に実践した「早起き」とか「掃除」とかを成功の秘訣だと思い込む。

偶然を許容できないのなら、そこには何かのルールがあるはずだと断定せざるを得ない。
人はそうやって星占いとか性格判断などの疑似科学や宗教に走るのだろう。
自分が納得できる、体系的なルールを求めて。

実際にはルールは存在せず、ほとんどは偶然に左右される。
なので、成功したければ試行回数をいかに増やすかが重要なのだ。
#成功の定義は人それぞれなので、ここでは言及しない。

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