救済は来ないのなら

真面目に頑張っていれば誰かが助けてくれる、なんてことはない。助けてもらえるように動く必要がある。「いや俺は違う」という人がいるとすれば、その人は自分でも気づかないうちに、ナチュラルに「助けてもらえるような動き」をしていたのだろう。それか、すごく運がいいか、異常な世話好きがたまたま近くにいたのか。

ざっくりと言えば「主張」だ。困っている、助けが必要だ、**が足りないとさまざまな場所・時間でたくさんの人に訴えていれば、思わぬところから助け舟がくる。何も言わなければ、「彼は特に困っていない」と思われるだけだ。

神も、人間も、向こうからは救済してくれない。自分から働きかけないと。多少図々しいくらいがちょうどいいのかもしれない。人から嫌われる可能性を考慮していたら、何もできない。

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