正義の刃が自分に向けられた時

今週から私の住む福岡県もまんえん防止等措置が解除され、飲食店の営業時間制限が撤廃された。
私は下戸なので居酒屋に行く機会は少ないものの、夜の街に賑わいがあった方が嬉しい。幸せそうな人達の顔を見る方が、目だけが見えるマスク姿よりも数段嬉しい。
また、飲食店経営者がこの半年に味わった苦しみを考えると、解除されて本当に良かったなと思う。
協力金が出るからいいじゃないかとは思えない。商売人が生き甲斐でもある商売を制限されることの苦しみは筆舌に尽くしがたい。

自分の業界は関係ないから、とかは微塵ほども思っていない。経済はつながっており、とても微妙なバランスで動いている。
一部、コロナがつづいて欲しいと願う人達も居るそうだ。飲み会に行かなくてよい、出勤しなくていいからテレワークの方が楽だ、うちの業界はむしろ売上が増えている・・。
しかしそれはこの状況が「持続可能」であるという仮定に基づいた誤解だ。もちろん持続できるわけがない。政府の補助はいずれ終わる。たくさんの企業が倒産し失業者が増えれば、それは回り回ってあなたの会社の業績不振となり得る。大規模なリストラが始まったとしたら、会社の情報を探るために飲み会にも行くだろうし、テレワークしてる場合じゃないだろう。

正直、飲食店だけが感染の原因だとは思えない。満員電車も、オフィスも、家庭でだって感染の可能性はある。
今回はいろいろな事情が重なり、「飲食店」がスケープゴートとして選ばれた。人々が結束するためには、明確な敵が必要だ。
そこに納得のいく説明はなかったし、確かなエビデンスが提示されたとはとても思えない。
また、一度決定されたら、その後にそれを覆すエビデンスが出たとしても、簡単には制度を変更できないこともよくわかった。
でも、「世間」という実態の不確かなものの意見は、飲食店の営業に制限を加えることに同意しており、それが「正義」だとすら思っている。

事情が変わり、「正義」が私が所属する業界に向けられ、新たなスケープゴートとして認定されるかもしれない。
そのとき世間はきっと私と私の会社の社員、私が属する業界のことを助けてはくれない。
「(皆も我慢しているのに、自分だけ)感染対策に協力しないのは悪だ」と罵られ、「自業自得だ」と言われるだけだろう。今の飲食店のように。
そうなったらどうやって会社を維持しよう?と、以前からずっと考えている。

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