短期決戦だったはずでは

自粛期間も長くなれば、そりゃ気も緩むだろう。

短期決戦ということで受け入れた施策が、それ(コロナの押さえ込み)が破綻したのにも関わらず、ずるずると延長され、いつしかそれが日常となっていく。

とはいえずっと家に引きこもることはできない。それができるのは余程のお金持ちか、年金暮らしか、潰れる不安のない大企業のホワイトカラーくらいだ。
ほとんどの人は、社会と、生活と感染リスクを天秤に乗せて、折り合いをつけていかなければいけない。

本来、短期決戦と長期持久戦では取りうる戦略も戦術も全く別物なはずだ、籠城戦なのに食料をばかばか消費すれば、戦争に負けてしまうことは必定。
また、籠城戦(長期持久戦)をやるには、いずれ救援がくるとか、耐えればそのさきに光明が見えるというのが大前提だ。
ワクチンはその「光明」だろうか?当初はそう期待したが、イスラエルなどの状況を見る限り必ずしもそうではなさそうに見える。まだ結論を出すには早すぎるかもしれないが。

短期決戦のルールのまま、長期持久戦を戦うなんて、過去の偉大な戦略家から爆笑されそうだ。「我らの成功と失敗から何も学んでないのか」と。

会社で言えば、短期的に有効だった人海戦術による解決を長期的に続けてしまい、人材が疲弊して離職者が相次ぎ破綻する、といった感じか。

それ(短期決戦戦略をそのまま長期持久戦に適用すること)が社会全体の決定であるのならば極力従おうとは思うが、この一年半ずっともやもやした気持ちが続いている。
いくらメディアや国民の要求だからって、こんな非効率な戦い方?が認められるのかと。

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