故きを温ねて

死んだ祖父は読書家だったので、今でも実家の倉庫には祖父が買い集めた蔵書が眠っている。
私の活字中毒はどうやら祖父から遺伝したようで、親族を見回しても病的に書籍を購入する癖があるのは祖父と私だけだ。

年末年始に帰省した折、祖父の蔵書からいくつか面白そうな書籍を持ってきた。
昭和40年代に書かれた「公務員をうまく操る法」などは、アマゾンの検索では見つからない。でも、その内容は一部は時代遅れとは言え、いまでも通用するものだ。たぶん、私の仕事で明日から使える。

星新一のショートショート(超短編)は、いまでも文庫が多く出ている。
SFなのだが、AI上司やベーシックインカムなど、50年以上前に書かれているのに現代を予見したかのような内容に驚いてしまう。

蔵書のなかに、ソニーの創業者である盛田昭夫が書いた「学歴無用論」という本を見つけて苦笑してしまった。
というのも、私がこの本を先日アマゾンで買ったのを思い出したからだ。

どうも私の嗜好は、祖父とそれほど変わらないようだ。

最近はまっている昭和の経営コンサルタント「一倉定」の書籍もそうなのだが、旧いから、昭和だから、おっさんだから、老害だからといって十把一絡げに馬鹿にし、先人が残した過去の遺産を顧みない人は損をしていると思う。

#余談だけれど、なぜ昭和は馬鹿にされるのだろう?いずれ平成も嘲笑されるのだろうか。
#おっさんを馬鹿にする記事の著者がいい年だったりするのも不思議だ。自分(だけ)は若いとでも思っているのか?それともおっさんの定義が一般とは違うのだろうか。

欧米初の最新の知見や理論も大事だし、有効ではあるけれど、人間の心の仕組みはそれほど変わっていないのだから、旧い知見や理論も、全てでは無いけれどもそのほとんどは現代にも適用できる。むしろ忘れられた知識を使いこなせれば、それを周囲が逆に「新しい」と捉えてくれることもある。

“History doesn’t repeat itself, but it does rhyme.”
「歴史は繰り返さない。ただ、韻を踏む」
マーク・トゥエイン

本当に「新しい」ことというのは、思いのほか少ない。

元ネタの出所と、それとの違いがわかった方が、ニヤリとできるし、
新しいものとしてゼロから勉強するよりも、早く理解できるだろう。

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