「自分が間違っているかもしれない」前提で考える

バックアップ、プランB

「もしかしたら、自分が間違っているかもしれない」

こう思いながら発言する人は、
自信がないように見えるだろう。

だが誠実だと思う。

実際には自分が間違っていることだってあるわけだ。
人は神ではない。どれだけ知識や経験、情報があったとしても、未来を見通せるわけではない。

もし、「自分は絶対に間違えない」と過信していたら?
誰かに間違いを指摘されても、素直に受け入れることはできなくなる。
なんだか負けたような気になるからだ。
そして自分の意見に固執し、不思議な理屈(精神論や、100%そうとは言えない、とか、謎の副次的効果とか)を持ち出す。
あまつさえ、相手の人格を攻撃しだしたりもする。

自分が間違っている可能性も考えて、謙虚に発言・行動すれば、
間違っていた場合も簡単に謝罪し軌道修正できる。

重要なのは、絶対の正解を準備することではなく、
いつでも柔軟に軌道修正できる「余白」を持っておくことだ。

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