極論に逃げない

アイデアがまとまる

つい、極論を言ってしまうことがある。

「リスクを取るのが怖いなら何もするな」
「ネットに情報漏えいするのが怖いなら、ITを一切使わなければいい」
「顧客からのクレームが出る確率がゼロでないのなら、そのサービスを提供すべきではない」
「事故の可能性がゼロでなければ原発を動かしてはいけない、○○市場を移転してはいけない」
「我が社の味方でないとしたら、奴らは敵だ」

極論を使ってしまうと、議論はそこで打ち止めになってしまう。
議論の相手が聞きたいのは、「リスクの程度」「情報漏えいの危険性とその対処方法」「クレームや事故が発生する確率はどれくらいで、それは許容できる範囲なのか、何かおきたときの影響は限定的なのか」といった「量」の話のはずなのに、二値、つまり、0か1か、黒か白かといった話にすり替えてしまっている。

先日読んだ本にあったこのフレーズは、まさに極論を戒めるものだろう。

インターネットの世界では以前から「何かをナチスにたとえ始めたら、その人はもう議論に勝てない」と言われている。
ージョン・ロンソン「ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち 」より

世の中のほとんどのことは、0か1か、白か黒か、敵か味方といった二値でくっきりと別れるものではない。
0.4だったり、グレーだったり、状況によって敵味方が入れ替わるようなことばかりだ。
なので、両極端の間にある大量の選択肢を検討の俎上に載せなければならない、しかし、その作業は面倒くさい。
だからついつい楽な道、つまり極論(相手をナチスに喩えるのはまさに極論だろう)に逃げてしまう。

自分が極論を使っていないか意識し、極論だと気づいたら、修正しよう。
極論から正しい解が得られることはない。

[amazonjs asin=”4334039723″ locale=”JP” title=”ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)”]

関連記事

  1. 「こだわり」はビジネスにおいてネガティブでしかない

  2. アイデア、ビジネスプラン、歯車

    システム思考(3)〜ループ図(その2)

  3. 大きさに応じてやり方は変わる(スケーリングの誤解)

  4. アイムソーリー法。「謝ったら負け」の非効率

  5. 業務フロー

    答えが見つからないのなら、問いが間違っている可能性がある

  6. 「悩む」と「考える」は違う

最近の記事

  1. ピザ
  2. ディスコミュニケーション
  3. 旅行、出張
  4. バックアップ、プランB

カテゴリー

読書記録(ブクログ)