主語の範囲がでかすぎる

政府が悪い
大企業が悪い
中小企業が悪い・・・・・

主語の大きすぎる話題は、溜飲を下げるのには役立つかもしれない。
しかし、問題の解決には何ら役に立たない、むしろ害悪ですらある。

ケースバイケースだ

唐突だが、あなたが働いている会社(会社以外の組織でもいい。町内会でも、趣味の団体でも)は、全員一丸となって一分の乱れも無く統率された行動を行えているだろうか?
あなたの会社が所属する業界はどうだろう?業界団体が全てをコントロールしていて、個別の会社は独自の取組が一切できない?

共産主義国家でもあるまいし、我が国においてそのような組織はほぼ存在しないと言って差し支えないだろう。
#宗教団体などは別かもしれない。所属したことがないので想像でしかないけれど。

同じ会社の中にでも、様々な考え方を持つ人が働いている。社長の言うことに従わない、または面従腹背の人もいる。
社長の号令のもと、一糸乱れず動いている会社を、経営コンサルタントの私はまだ一度も見たことがない。
#社長がそうだと思い込んでいる組織はよく見る。

同じ業界でも、儲かっている会社とそうでない会社の明暗がある。取っている戦略は会社によって異なる。

政府が悪い?政府とは様々な組織の集合体だが、そのどこが悪いと言っているのだ?
大企業が下請けの中小企業を虐めるのが悪い?中小企業が自助努力をせず、国に頼るのが悪い?

そんなもの、ケースバイケースだろう。

自分の所属する組織のことを考えれば、そんな十把一絡げに言えないことくらいわかるだろうに、
こと自分と縁遠い組織になると、共産主義国家のように統率された行動をしていると断定する。陰謀とか言い出す。何なんだいったい。

OKY(お前、来て、やってみろよ)

政府が、大企業が、中小企業が悪い!と、大きな主語に責任を押し付けてしまえば、
それ以上深く考える必要がなくなる。楽だ。批判さえしてればいい。

評論家ならそれでもいい。責任を取らなくていいのだから。

ただ、それぞれの現場で働いている人達は違う。評論するだけで終わり、ではない。
彼らは自分の持ち場で、自分ができる範囲の中で、いろいろな制約に悩みながら、最善のことをやろうと日々無理をして頑張っている。
政府だって、大企業だって、中小企業だって。

OKYという言葉があるそうだ。
「お前、来て、やってみろよ」の略らしい。
外から、何の制約もなく文句を言うのは簡単だ、誰でもできる。
でも、中に入って、いろいろな制約があることを知った上で、同じようなお花畑な意見が言えるだろうか?

でかすぎる主語の批判は、単なるストレス解消でしかない。

主語がでかすぎたら、批判は意味をなさない。
そうではなく、問題を細かく分解し、褒めるべきところは褒め、修正すべき点は指摘し、
全体として少しでも良くなるようなことを言うのであれば、それは有益な助言となる。

どでかい主語で批判を繰り返すだけなら、それは単なるストレス解消だ。
ストレス解消が目的なのであればそれは正しいのだろうけど、義憤に駆られて正義の行動をしている、と勘違いするのは、あまつさえ「俺ならもっとうまくやる」と言わんばかりに素人がアドバイスをするのは、本当に始末が悪い。

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