自分以外にも自由を認めること

自由を重んじる人なのか、ただそう言っているだけなのか。
見分ける基準はひとつ。「他者が、自分にとって嫌なことをやるのを認めるか」

自分が言われると嫌なことを言われたとしても、そう思うのは、発言するのは、彼の自由だ。
自分なら絶対にしないような愚かと思われる行為をするのも、彼の自由だ。
それが社会的に許されないことでも、敢えてそれをやってリスクを背負うのすら、彼の自由だ。

これが難しい。ついつい文句の一つも言いたくなる。
「それは愚かな行為だよ」と指摘したくなる。

しかし、そうしてしまうと、あなたは自由主義者ではなくなる。
自分の自由は尊重してほしいが、他者のそれは許容しない、そんなひどい人間になってしまう。

自分は自由にやりたい、だからなるべく他者に干渉したくない。
誰かに許可を求めるのも嫌だし、誰かに許可を求められるのも嫌だ。

ところが社長をやってるとそうもいかないことばかり。
矛盾を自覚したまま生きている。

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